インボイス制度の導入を10月に控え、インボイスに反対する者からさまざまは批判などがなされています。
たとえばつぎのような記事がありました。
インボイス導入根拠がついに論理破綻! 「消費税は預かり金ではない」と政府が国会で認めた決定的答弁の詳細(集英社オンライン) - Yahoo!ニュース
記事によると、
2023年2月10日の衆議院 内閣委員会(質問:れいわ新選組 多ヶ谷亮 議員、答弁:自民党 金子俊平 財務大臣政務官)で、こうした益税論争に終止符を打つほどインパクトのある決定的な政府答弁が飛び出した。 遂に政府が「消費税は預かり金ではない(=益税は無い)」と国会で明言。必然的に「税の公平性」というインボイスの導入根拠も偽りと露呈。
したとのことです。
インボイス制度の導入の背景とか、それによって生じるデメリットとか、そういったことには私は解説できるほど詳しくないのですが、現行の消費税法についてならある程度解説ができると思うので、コメントしておきたいと思います。
詳しくは記事を読んでもらえればと思いますが、この記事で議論されているような内容は、いろいろな論者が述べています。
ざっくり言えば、「消費税は預かり金ではない。したがって、益税は存在しない」という主張です。
このような主張は、そもそもインボイス制度に対する批判になっていませんし、かりに「消費税は預かり金ではない」という前提が正しいとしても、そこから「益税は存在しない」という結論を導くことはできません。
おそらく、税法になじみのない方からすると、そもそもなぜこういう推論になるのか不明だと思いますので、いちおう、こういった主張がどういう論理をとろうとしているのかを(非常に好意的に)推測して説明してみたいと思います。
1 消費税の納税義務を負っているのは、事業者(お店の人)であって、消費者ではない。
2 だから、消費者が商品の代金として支払うお金は、すべて商品の対価であって、消費者が事業者に対して消費税を支払っているのではない。
3 だから、事業者は消費者が納めるべき消費税を代わりに預かっているのではない。
4 だから、免税事業者が消費税を納税しないとしても、消費者から受け取っているのは、あくまで商品の対価なので、払わなければならない税金を払わずに自分のものにしているわけではない。
5 したがって、別になにも得しているというわけではないので、益税というものもない。
おそらくこういうかんじだと思います。
結論から言いますと、1~3は完全に正しいです。
4は、「消費者から受け取っているのは、あくまで商品の対価」は正しいですが、「払わなければならない税金を払わずに自分のものにしているわけではない」は、点数をつけるとしたら50点くらいです。「現行法において違法ではない」という意味で言っているのなら正しいですが、「消費税など発生していない」という意味で言っているのなら間違いです。
5は、ほぼ間違いです。
これから解説していきますが、結論から言えば、記事がいう「消費税は預かり金ではない(=益税は無い)」という主張は、あまりよい説明とは言えない上に(ほぼ間違いといってよい)、それを政府が認めたとしても、認めなかったとしても、なんの影響もない、どうでもいい論点だということです。
というか、論点ではないです。議論になり得ないくらい基本的なことです。
記事では、決定的な政府答弁と書いていますが、たぶん消費税法の授業があったら、1回目の授業で説明されるくらいの内容なので、大した答弁ではありません。とはいえ基本的ということはとても重要であるということなので、そういう意味では決定的かもしれませんが、そうすると、毎年全国の法学部で決定的な講義が行われているということになりましょう。
基本は本当に大切です。ですが、おろそかになってしまうところでもあります。何度でも基本に立ち返ることが必要です。
それを説明していきます。
税を考える際に、まず押さえておかなければならないのが、つぎの3点です。
〇何に課される税なのか
〇誰がその税を納めるのか
〇税額を計算するときに、何に税率を乗ずるのか
基本的すぎて当たり前ですが、これが意外と見過ごされます。しかし、これが何より大事です。税法を学ぶ際には、これは丸暗記必須です。
〇何に課される税なのか
まず消費税は「何に課される税なのか」。
これについてアンケートをとったら、正確に回答できる人はほぼいないと断言できます。なんなら税理士や国税職員でもわりと正答率は高くない気がします。
答えは、つぎのとおり、消費税法4条1項に書いてあります。
(課税の対象)第四条 国内において事業者が行つた資産の譲渡等(特定資産の譲渡等に該当するものを除く。第三項において同じ。)及び特定仕入れ(事業として他の者から受けた特定資産の譲渡等をいう。以下この章において同じ。)には、この法律により、消費税を課する。
「特定仕入れ」はちょっと応用編なので、スルーで可。つぎのところだけ読んでもらえればよいです。
国内において事業者が行った資産の譲渡等(中略)には、この法律により、消費税を課する。
難しい言葉としては、「資産の譲渡等」があります。これには定義規定があります。
消費税法2条8号
資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。
これも、ここだけ読めばよいです。
資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(括弧内省略)をいう。
以上から、消費税の課税対象は、つぎのように整理できます。
①国内において
②事業者が
③事業として
④対価を得て行う
⑤資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供
だいたいそのままで意味は分かると思いますが、簡単に捕捉しておくと、
①は、国外で行われた⑤は対象外ですよ、という意味
②は、事業者でない人が行った⑤は対象外ですよ、という意味(つまり、私たちが私用の車を後輩に安く譲ったとしても消費税は課されない)
③は、個人事業主は事業者であるが、その場合でも、私用の車を後輩に安く譲った場合には、消費税は課されない、という意味。事業用の車の場合は、消費税が課される。
④は、無償の⑤には消費税は課されません、という意味。事業用の車であっても、ただで譲る場合には消費税は課されません、ということ。
⑤は、具体的に「何に」消費税が課されるのかの提示。
資産の譲渡(スーパーで卵をお客さんに引き渡す行為)
資産の貸付け(レンタカーとかをお客さんに貸す行為)
役務の提供(美容師がお客さんの髪を切る行為)
に消費税は課されるということです。
そう、消費税は、これらの「行為」に対して課される税なのです。これは意外と忘れそうになるので注意。
〇誰がその税を納めるのか
次に、消費税は「誰が納めるのか」。
答えは消費税法5条1項
(納税義務者)
ここだけ読めばいいです。
事業者は、国内において行った課税資産の譲渡等(中略)につき、この法律により、消費税を納める義務がある。
「課税資産の譲渡等」は、深く考えなくても大丈夫。さっきの①~⑤に該当する行為でも、あえて非課税とされているものがあるので、それを除いたものが課税資産の譲渡等。
ようするに、消費税を納める義務があるのは「事業者」です。つまりお店の人。お客さんではありません。
〇税額を計算するときに、何に税率を乗ずるのか
答えは消費税法28条1項
(課税標準)
課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額に相当する額を含まないものとする。以下この項及び第三項において同じ。)とする。
課税標準というのが、何に税率を乗ずるのか、の「何」にあたるやつです。
書いてあるとおり「課税資産の譲渡等の対価の額」です。
課税資産の譲渡等とは、スーパーが卵を売ったり、レンタカー屋がレンタカーを貸したり、美容師が髪を切ることだったので、それの「対価の額」です。
(※条文をちゃんと読めば課税資産の譲渡等の対価の額とは、税抜金額だということが分かると思うのですが、ややこしくなるので、そのへんは適当でいいです。分かっている人は気になるかもしれませんが、以下、雰囲気で読んでください。)
ふつうに、代金ということですね。
消費税率を10%と考えると、かりにお客さんが払う金額が110円だったとしたら、そのうち消費税相当分は110円×(10/110)なので、10円ということです。
ここでポイントは、110円には消費税が含まれているので、110円×10%で11円が消費税ではなく、10%分を加えたあとの金額が110円ということです。
つまり、100円の10%である10円が、もとの100円に足されて110円という計算です。
さて、この場合、お客さんは110円を支払っているので、消費税相当額10円も払っていることになります。
しかし、さきほど確認したように、消費税の納税義務者は事業者であって、お店の人ですから、お客さんは、「なぜ私が消費税を払わなければならないんだ。10円を払う義務は私にはない。だから100円しか払わない」という主張をしたとしたら、これは正当な主張でしょうか。
これは、(消費税法的には)正当です。お客さんの主張は完全に正しい。
お店側が、これに応じて、100円で売ったとします。この場合、消費税はどうなるのでしょうか。
基本がおろそかになっていると、ここで、消費税が支払われなかったとか、脱税したとか、そういった間違いを犯します。
基本に戻ってみましょう。消費税は、何に課される税だったか。
①国内において
②事業者が
③事業として
④対価を得て行う
⑤資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供
です。
この取引は国内において行われたとすると、①~⑤をすべて充たします。
したがって、消費税は課されています。(←ここ大事。消費税は①~⑤を充たした時点で有無を言わさず課されている。)
誰がその消費税を納めるのか?
事業者です。つまりお店の人です。
税率10%は何に乗ずるのか?
課税資産の譲渡等の対価の額です。つまり、そのお客さんが払う金額です。
ということは、お客さんが100円しか払わなかったら、お店は、
100円×(10/110)=9.09・・・円を消費税として納税するということになるわけです。
ようするに、税率が10%だとすると、つねに次の比が成立するわけです。
お客さんが払う金額:消費税に相当する額=110:10
だから、お客さんが110円支払ってくれるか、100円しか支払ってくれないかは、たんに売り手と買い手との価格交渉の結果に過ぎず、その交渉の結果決定した価格は、(当事者がどう思っているかに関係なく)消費税10%分を含んだ金額だということです。
売り手や買い手が、その金額が消費税込みと思っているか、抜きと思っているか、そんなことは消費税法からしてみれば、1ミリも関係ありません。
買い手がその商品を得るために、サービスを受けるために、売り手に支払う金額のすべてが課税資産の譲渡等の対価の額であり、その金額の10/110を消費税として事業者が納税するという仕組みなのです。
(※分かっている人はこの書き方に引っ掛かると思うので繰り返しますが、課税資産の譲渡等の対価の額は税抜の金額です。分かっててこう書いています)
だから、消費税が預かり金なのかどうかという議論は、1ミリも意味のない議論なのです。
その理由を改めて簡単に説明すると、以下のとおりです。
ものすごく単純に言えば、大切なことは、
〇消費税はモノを売ったりサービスを提供するという「行為」に課される。
〇消費税を納税する義務があるのはお店の人であって、消費者ではない。
〇消費者がお店の人に支払う金額の総額は、つねに消費税10%(10%だとすれば)を含んだ金額であり、その総額に10/110を乗じた金額を納税することになる。
ということです。
消費者から受け取った代金のうち、お店の人は10/110を納税しなければならないのですから、そのことを指して消費税は預かり金だ、というならそのとおりですし、
本来消費者が納税しなければならない消費税を、お店の人がいったん預かって、代わりに納税しているのだ、という意味で消費税は預かり金だ、というならまったく誤りです。
ただそれだけのことなのです。言い方の問題に過ぎません。
もちろん、「ほんとうのところ」誰が消費税を負担しているのか、という問題は、また別の論点として重要であるとは思います。
どういうことかというと、たとえば消費税が増税されたとして、会社はその追加の税負担分によって経営が苦しいので、従業員の給料を減らしたとします。
この場合、「ほんとうのところ」消費税の負担を強いられたのは、従業員であるという見方もできるわけです。
本来的に、消費税は消費者が負担することが想定されている間接税ですから、ほんとうに理論通り消費者が負担しているのだろうか、といった、こういった議論の過程で、「ほんとうのところ」事業者は誰から消費税を「預かって」いるのか、という話になることはあり得るでしょう。
しかし、この記事にあるような議論では、消費税が預かり金であってもそうでなくても、なんら関係のない話です。
さらに、「消費税は預かり金ではないから、益税もない」という推論は、ほんとうに1ミリも妥当ではありません。
「猫は可愛いから、益税もない」という推論と同じレベルの説得力しかありません。
そもそも益税(と言われているもの)は何かというと、消費税法9条1項が、消費税を免除される事業者を定めていることに関連します。
(小規模事業者に係る納税義務の免除)第九条 事業者のうち、その課税期間に係る基準期間における課税売上高が千万円以下である者については、第五条第一項の規定にかかわらず、その課税期間中に国内において行つた課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れにつき、消費税を納める義務を免除する。ただし、この法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
まあ読んでもらえばだいたい分かると思いますが、とてつもなくざっくり言えば、年間の売上高が1000万円を超えない事業者は、消費税の納税義務を免除する、という規定です。
免除する、ということは、ほんとうは納税義務があるということです。そもそも納税義務がない人の納税義務を免除することはできません(当たり前だが)。
しつこいようですが、消費税は、
①国内において
②事業者が
③事業として
④対価を得て行う
⑤資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供
に課されます。だから、売上高が1兆円だろうが、10円だろうが、①~⑤に該当していれば消費税は課され、事業者は納税義務を負います。
ただし、年間の売上高が1000万円以下の事業者は、この納税義務を免除されているという整理です。
だから、課されている消費税の納税を免除されているという点で、その分得している、という意味で益税があると言うなら、それはそのとおりだし、
納税しなければならないものを納税していない、違法に税を免れている、という意味で益税がある、というなら、それはまったく誤りだということです。
たんに、現行はそういう制度だというだけです。
売上高が1000万円以下の小規模事業者は、消費税分を価格に上乗せできていない、という主張があるかもしれません。
それは一部で真理なのでしょう。ですが、その主張は消費税法的には1ミリも意味を持ちません。
価格を上乗せできようができまいが、売り手と買い手との価格交渉で決定した価格が、消費税が上乗せされた金額です。
消費税が増税されても価格は据え置きにせざるをえないという状況が意味するのは、益税が発生していないということではなく、その商品の価格が低下したということです。
消費税10%下で、110円の売値だったものが、消費税が20%になっても110円でしか売れなかったとしたら、
前者の消費税額は110円×10/110=10円
後者の消費税額は110円×20/120=18.333・・・円
になるので、前者の税抜価格は110-10=100円だったのが、後者は110-18.333・・・=91.677・・・になったというだけです。
これらの消費税額を納税しなくてもいい状況を、益税があると呼ぶならそうだし、呼ばないならそうでないというだけのことです。
あくまでも、私が言いたいのは、消費税とはそういう仕組みだというだけのことであって、小規模事業者が苦労していないとも思っていないし、「ほんとうのところ」必ずしも得をしていないのだろうとも思っています。
私はここで、現行の消費税制度が良い制度か悪い制度かという、価値判断をするつもりはありません。ただたんに、教科書に書いてあるようなことを分かりやすく述べたまでです。
現行法は、こういうふうになっているという事実を説明しただけです。しかし、事実を正確に理解しなければ、反対もできないはずです。
だから、インボイスはぜったいに中止にはなりません。なぜなら、反対する人の主張が完全に間違っているからです。
インボイスを導入するべきではない、という主張が正しくないと言っているのではありません。その主張をサポートする根拠や前提や推論がことごとく間違っていると言いたいのです。
「インボイスは中止にするべきだ、なぜなら猫が可愛いからだ。」と言っているのと、推論の妥当性としては大差ないのです。
よく反対論者は政府の答弁が支離滅裂だとか、回答になっていないなどと言いますが、「猫が可愛いからインボイスはおかしい」という主張に論理的に回答できないのは当然です。
ということで、結論を述べると、
〇消費税が預かり金であるかどうかはどうでもいい。預かり金のようなものであるといえばそうだし、そうでないといえばそうでない。表現の違いに過ぎない。
〇かりに預かり金でなかったとしても、そのことから益税はないという結論は導けない。
〇益税があるかないかについても、あるのかもしれないし、ないのかもしれない。すくなくとも、消費税法上の建付けとしては、発生しているものの納税を免除されている消費税はある。それを益税と呼ぶならそうだし、呼ばないならそうでない。
以上です。
興味を持たれた方はちゃんとした教科書を読んでみましょう。
おすすめは、
佐藤英明・西山由美(2022)『スタンダード消費税法』弘文堂
です。
お読みいただきありがとうございました。
また、ちょっとググると税理士さんのブログがありましたので、こちらも紹介しておきます。私風情が言うのもおこがましいですが、とてもよい記事だと思います。
免税事業者は消費税を預かっていないから益税はないは本当か?|仕入税額控除の意義から考えるインボイス制度の妥当性 | あなたのファイナンス用心棒 吉澤大ブログ (alliancellp.net)